この手法によって日本は滅びる

  • 2009/07/02(木) 08:52:27

選挙近くなりました。

いつもの自民党の

「手法」が でてきてますねぇ。

比例一位で

東国原ですか、橋本ですか・・・・

なんで いつも いつも

選挙前に なってから


なのでしょうね。

なんで 今まで 自民党や政府に

たいして 地方分権だとか

国民のための政治を だとか

いろんなことを 言っていた人間を

選挙の前に なってから


お仲間に入れようとするのか

理解できません。


どんなことをしても

選挙に勝てばいいのだ

とりあえず・・・とりあえず

恥も外聞も投げ捨て

選挙に勝てばいいのだ

とりあえず・・・とりあえず

この国の民は

流されやすく 過去の事なんて

すぐ 忘れるから

なにをしても いいのだ

とにかく

勝てばいいのだ・・・・・


このような 考えしか

見えてきません。

本当に

こういった 毎回 毎回

選挙の前に 行われる

『こういった手法』を

断ち切らなくては

本当に この国は 滅びると

思います。


選挙に行きましょう。

そして 今回だけは

人を選ぶのではなく

この手法を 断絶するための

『一票』を入れましょう。


心の底から この状況を


どないとせんと いかん!!!



と思っているのは

私だけでしょうか・・・・

そうは思いません。

今から 選挙結果が

楽しみです。

偶然。。必然。。自然。。

  • 2009/06/26(金) 13:00:46

先日、ネットサーフィンをしていまして

市井の一般の方の

「レビュー」なるページに

出くわしました。

その「レビュー」というのは

御自身が ご覧になった 演劇や映画、

お聞きになった 音楽、

などなどの 「感想」を 綴った

ものであります。

今日、その類のものは ネット上に

たくさんあります。

私も いろんな所の それを

よく拝見いたしますが

彼(レビューを書いてはるお方)の

文章は

今までの 多くの それより

分析力 洞察力 があり

読んでいて 大変 興味深いもので

ありました。

特に わたしどもも 関係いたします

『演劇』の「レビュー」における

「不条理演劇」についての

文章が 秀逸でありました。


まず、題材(観劇されたのは)は

東京乾電池 という劇団の

竹内銃一郎さんという方の台本の 

企画公演であります。


「不条理演劇」とは?

「不条理」とは何か?

 なぜ それが心震わせるのか?

 なぜ 「不条理演劇」が 面白いのか。


などなど 難解であるような

テーマを ごくごく自然な文体で

軽やかに 論じているところが

凄いなぁ・・・と感じます。


 公演日 2007 11 27 20:00 〜

 劇団東京乾電池『金色の魚春なのに子守歌』
 
  於 新宿ゴールデン街劇場

 今月の上演作品は、『眠レ、巴里』が強く印象に残った竹内銃一郎の
 短編を4本集めたもの。
 タイトルはその合成であり、こんな戯曲は存在しない。
 上演されたのは順番に『此処じゃない何処かへ』『金色の魚』『春なのに』 『子守歌』。全部で1時間強。

  見逃さなくて良かった。『眠レ、巴里』で感じた、竹内銃一郎という
  作家への共感が本物だった事が、これではっきりとわかったからだ。

 『眠レ、巴里』も含め、この人が世界を見る視点は、不思議なほど僕の
 心情と合致する。どの作品も、表面的に演じられる光景は日常的なものだ。 ところがその裏側では、シュールと言ってもいいほど不条理な出来事が
 進行している。その二重構造がとても刺激的でありつつ、同時に
 「人生って、本当にこういうものだよね」と奇妙なほど納得が
 いくのである。


 
 全ての出来事にはそれなりの理由がある。
 人が納得できないのは、実際に起こったことについてではなく
 なぜそれがよりによってほかの人にではなく、自分の身に起こったのか
 ということである。
 一応、統計をとれば、ある出来事が起こる可能性や確率はすぐにでも計算
 できる。いつ自分の身の上に災難が降りかかるかどうかは単に確率の問題と 言っても良い。しかし、いったいそれが「いつ」「どこで」起こるのかは
 だれにも説明することはできないのである。


                  
 一見何事も無さそうな人生、しかしそのすぐ隣には、日常を根底から
 覆すような出来事が常に寄り添っている。
 その最たるものは「死」だ。
 どんなに若く元気な人でも、1時間後にはトラックに轢かれてズタボロの  肉塊になっているかもしれない。若者は自分に何が起きたのかもわからぬ  まま死を迎え、周りの人は「あんなに元気だった人がなぜ」と嘆き悲しむ。
 それが可能性や確率の問題であっても、心情的には誰も納得しない。
 「なぜ、それが私だったのか」「なぜ、それが彼だったのか」…
 その疑問に答えられる人間など、どこにもいないのである。


 
 こうしてみると『眠レ、巴里』は、これらの短編に散りばめられた要素が
 見事に凝縮された作品であることが理解できる。
 姉妹二人のありふれたガールズトーク。
 そこに次第に侵入してくる不条理の影。全てを一挙に覆す終幕…なぜあの
 姉妹が、あんな悲惨な末路を辿ることになったのか、論理的には
 説明できる。
 しかしありふれた日常としか見えない芝居を見ていた観客にとって
 そんな論理は何の救いにもならず、「なぜ彼女たちが」という不条理感
 ばかりが、吐き気のようにこみ上げてくる。

 竹内銃一郎の戯曲は、ごく日常的な光景と、それが決して目に見えるほど
 日常的ではないという真実、我々の毎日の生活が不条理の海に浮かんだ箱庭
 のような存在であることを描き出す。
 その光景は、さながら映画『惑星ソラリス』のラストのようだ。



なんとなく ネットしてたら

出逢った文章に

心揺らぐことがある。

今まで もやもやしてたものが

晴れに変わった瞬間は 心地よい。

その心地よさが 彼の文章にはあった。


今 私の周りで 起こっていること


それは 偶然?

 それとも 必然??

いやいや それは 自然!


戯曲って こうでなきゃ

お芝居って こうでなきゃ

人生って こうでなきゃ


そのように感じさせて もらえただけで

私にとって

有難い「レビュー」でありました。


P.S. 竹内銃一郎作品を 10月の公演で

     やることになりました。

     私の「思い」を理解していただいた

     皆様 ありがとうございます。

     「眠レ、巴里」

     頑張りましょう・・・・・・ハイ。

ホームページ・リニュアルの御案内

  • 2009/06/16(火) 21:02:40

2001年4月27日 このホームページを

立ち上げて、はや8年と2ヶ月の月日が

流れようとしています。


もう8年なのか、はや8年なのか

両方の感情が 今 入り混じっています。


いつか故郷に帰って

お芝居をしたい・・・そういう思いが

現実となった

2001年の 第1回プロデュース公演。。。

はじめて 小さな劇場で 「つか芝居」をやった

2002年の 第2回プロデュース公演。。。

その年の秋 ありがたい 劇評をいろいろな方面から

いただいた オリジナルの不条理家庭劇。。。

そして 2003年の 播州を題材にした オリジナル

2作品。。。

2004年の 自分自身の中で 今後の「礎」になったと

感じた コメディ 2作品。。。

2005年の 演劇人なら 「ハムレット」は1度は・・・

と思ってやった・・・シェークスピア劇。。

2006年 何気に 死んだ父の部屋を片付けていたとき

目にとまった 桐の箪笥(たんす)、それをモチーフに

作った 人情ミステリー?

そして 秋の 第10回目の 記念公演。。

1年(2007年)間 充電しつつ

自分たちを みつめなおして

REーSTART

をきったつもりで 臨んだ・・・・

2008年の 2本立て(最初は3本立て)の

チーム・ポンパドールとの合同公演・・・


目をつむると そのときそのときの

ことが浮かんできます。


懐かしいという感情より 正直 それらは

すべて 今があるための 「公演」だった・・・

そう思います。


そして S−PROJECT から 

新劇団へ !



それにともない S−PROJECTは

プロデュース形式の公演を

やめ、この地域の演劇を中心とした

アートを応援するプロジェクトに

変わります。

    応援の形は いろいろと模索するとして

    応援しようという気持ちは

    永久に なくならないと思いますので。



その変更にともなって

ホームページも リニュアルに

なります。

明日(17日)の夜11時から1時くらいの間で

UPしますので

楽しみにしていて下さい。

そして、その新HPのLINKのところに

新劇団のホームページを

載せておりますので

そちらから 新しい劇団がどういうものなのか

みてやって下さい。


ひとつの「区切り」であり

ひとつの「前進」であり

ひとつの「チャレンジ」であると

思っています。


   今までと 同じことを 

   やっていては

   ダメだ 



そういうことを

いつも 念頭において

これからです。

50 RULES to Feel Happy

  • 2009/06/13(土) 18:29:24

昨日 ある本を買う目的で 本屋さんに行きました。

お目当ての「本」は見つかりましたが

それを手にとって 実際に 見たら

なぜか 買う気が失せてしまって

買いませんでした。

まだ時間があるので 

最近 どんな本がでているのやらと

広い本屋さん(ジュンク堂さんの中)を

うろちょろしておりましたら・・・・

一冊の本が 目に止まりました。

そして それを手に取り

数ページ ぱらぱらと めくりました。

手触りが よかったのと

「幸せ」について 文章を

書かなくてはならなかったので

衝動買いしてしまいました。


 その本は

 サイモン レイノルズ 著

 「幸福を感じる50の公式」 

 という本です。


それを 今 読んでいます。

なかなか抽象的なことが テーマで

ありますから むずかしいのだろうと

思って おりましたら

簡単な意識改革で 人は幸福

なれるのだと 著者は おっしゃっています。


50
項目 あります。

結構 笑えるのもあるし

まじめで 哲学的なのも あります。

ここで その内容を書くと

営業妨害になるので 不幸せの方は

購入して 読んでください。

そして、こそっと実践して下さい。

そして、こそっと実践して 幸せになったら

いろいろと お話しましょう。

ね。

雨の。。。。

  • 2009/06/09(火) 17:01:38

  
 ♪ 新しい誰かのために
   わたしなど 思い出さないで
   声にさえもならなかった あのひと言を
   季節は運んでく 時の彼方
   六月は蒼く煙って
   なにもかもにじませている

   雨のステーション
   会える気がして
   いくつ人影見送っただろう

   霧深い町の通りを
   かすめ飛ぶつばめが好きよ
   心 縛るものをすててかけてゆきたい
   なつかしい腕の中 今すぐにも
   六月は蒼く煙って
   なにもかもにじませている

   雨のステーション
   会える気がして
   いくつ人影見送っただろう
   雨のステーション
   会える気がして
   いくつ人影見送っただろう


 ※ 6月は 私にとって ユーミンの季節です

   それは 雨の歌が多いから?

でも 今年は まだ雨は あまり降ってませんね。


   歌のタイトルに

   「雨の・・・・・・」って多いです。

   日本人は なぜか 『』って

   言葉に 詩的なイメージを

   感じるようです。

   そして その降り方も

   しとしと と そぼふる 感じでないと

   いけないみたいです。

   あまり 豪雨の歌って 聞いたこと

   ないですよね。

   これから うっとうしい「梅雨」が

   本格的にきますが

   気は持ちよう そのときの「」を

   うっとうしいとは 思わずに

   お百姓さんに とっては 恵みの雨

   詩人に とっては 想像力を奮い立たす雨

   ・・・・・そんな感じで

   今年の梅雨入り発表のあった

   雨の 一日であります。